「黒部横断」 …　恐ろしくも憧れを含んだ言葉だ。今まで考えたことが無かった訳ではないが、そのあまりのスケールの大きさのため、まじめに捉えたことは無かった。
しかし、今年の５月連休に「体をいじめたい」とゆう格好のパートナー風間さんが10連休可能との情報をキャッチし、私の方も急遽休暇の申請と、資料の収集・計画の作成を開始したのであった。

 出発の１週間前の日曜日、雨であることを利用して、県内の登山店を三ヶ所廻り、食料、燃料その他を調達する。
この珍しい事前準備のおかげで出発に際して慌てることなく、また忘れ物もなく山行のスタートを切れた。これだけ長大な場合には事前準備が大切なことを改めて確認する。
過去に同ルートをトレースした知人（上濱さん）にずうずうしくも資料を送ってもらい詳細を聞きまくったり、また、まるで冬山のように重苦しい気分に包まれながら出発の日を迎えた。

4/26（１日目）雨のち晴れ。

本当は前夜発だったのだが雨が降り続いている為、朝出に変更。竜王駅から電車。電車での山行なんて本当に久しぶり。
しかし小淵沢〜諏訪あたりは横殴りの暴風雨で、おもわずでてしまう「どうしましょうか」。しかし乗り換えに２時間近くあった松本ではなんとなく薄曇り。駅前の食堂で最後の平地の食事に後ろ髪を引かれるように出発。
神城の駅に降り立ったときは晴れ。むしろ暑い。期待していた無料運行バスは接続が悪くタクシーでテレキャビン駅まで。山頂駅のテラスですでにお昼過ぎていたので出発準備と昼食。
周りの視線が気になるが、これからの長大な山行を前に興奮しているのか余り気にならない。出発、スキー場を横切って地蔵の頭まで。とても暑い。地蔵の頭にある鐘をならし無事を祈願。

　いくつかのピークにだまされつつようやく小遠見山へ。ここで日帰りパーティーとすれ違い、だれも居ないと思っていたこの遠見尾根にすでに沢山のパーティが入山していることを知らされる。どうやら出遅れたようだ。
小遠見から中遠見までは近い。いくらか風が出てきたのと、明日の五竜までの（他人様の）トレースを期待する気持ちから、ここで記念すべき第一日目のテントを設営。テントを張ると天気も回復し、これからの山行を想う。

4/27（２日目）快晴

明け方はガスが出ていたがしばらく後、快晴となる。まずは大遠見、西遠見を経て白岳へ。歩き出すうちに撤収中のテントや、出発前の体操をしているパーティーなどを追い抜く。
結局昨日の作戦とは違い白岳への登りでトレースを刻むことに。なんてこったい。しかし山梨が誇る脅威のラッセリスト風間Jのお陰でヘロヘロになりながらも五竜山荘へ。
どうやらオープン一番目の客らしく、ジュースを購入。こっから先はお金は無用だ、なごりおしくも飲み終える。休んでいるうちにいくつかのパーティに越されるが計算内、今度は慎重にトップになることを避け適当に追従する。
それにしても五竜岳は意外に遠い。10時半に五竜に到着。半数の人が鹿島への縦走組。残りは引き返すらしい。僅かに東谷尾根の方へ入り休憩をしていると、さらに東谷尾根の方に入り込み休む２人組が。
思わず「S字峡ですか？」ときくと「はい」との答え。ちょっとがっかりしつつも思わずニヤリ。やはり２人だけだと怖いわけだ。しかしこの２人が後半行動を共にすることはまだ知らない。
休む２人を追い越し東谷尾根を下る。出だしはうっすらと踏み跡がある岩稜で問題無くそのうち這松に覆われるようになる。這松の中にある雪田を拾いながら、しばらくすると一面の雪となる。そこからは早い。
きれいな三角形をなす東谷山を越え、さらにドンドコ下る。2297メートルの広がっている地点も先まで見渡せるために問題なくクリア。一気に2001メートルピークまで下る。
予定ではここでテントだが鼻息もあらく一気にS字峡までいってみようかという雰囲気。
しかし、事前情報の通り、2001メートルからの下りは悪く、わずかに餓鬼谷側によった踏跡を拾いトラバース、尾根に戻り、さらに引き続き尾根の状態が悪そうなので、一旦餓鬼谷の上部へと下り大きなガレ場前を登り返す。
非常に疲れるが雪面は安定しているのでこのやり方が結局は良かったのかも。そこからは、いままでのように歩きやすい尾根が続く。
1775ｍ地点で間違えなく南側へ進路を変え1647ｍ地点でテントを張る。今回東谷尾根の下りで、一度も間違いなくS字峡へと下れたのは天候や地形図を常時確認したことも大きいが新規購入した高度計の威力も大きい。
ほんとに地形図の高さとピタリと合うのだ。ちなみに今日の幕営地は熊の爪あとなどが多く、緊張して寝る。

4/28（３日目）快晴

前日の大移動の疲れか一時間寝過ごす。ちなみに起床時間は下山するまで毎朝3時30分。すでに昨日のうちにS字峡への尾根を特定していたので下るだけ。一見近そうなのだが800mを下るのは容易じゃない。下るにつれ次第に雪面から藪尾根となってくる。はるか下にS字峡のダム、鉄塔が見えるが一向に近ずかない。次第に暑くなってくるなかようやく鉄塔に到着。事前情報としてここからは鉄塔巡視路があるという話だったが南側に下ったため巡視路が発見できず数メートルの密ヤブからトンネル出口まで５回の懸垂となってしまった。しかし、ようやく辿りついた水平歩道からはなんとか河原にも降りられ裸足になって至福の１時間余りをすごした。護岸や鉄塔やトンネル、それに黒四地下発電所からの送電線出口など人工物が多く、黒部横断にあって町にいるような錯覚に襲われる。

　11時丁度にS字峡を出発。黒部川の横断は強固な吊橋のお陰でさらっとクリアするが渡してある板が一箇所腐って落ちてるのが注意点といえば注意点か。
いよいよ核心部といわれているガンドウ尾根に突入する。最初は左側の水平歩道を上がり鉄塔巡視路へ、と聞いていたが水平歩道は中途半端な雪のつき方で無理。
吊橋の右側のルンゼを詰める。ロープを結び（以降、行動終了までスタカット）、２Pルンゼ、そこから左の尾根に入り鉄塔を目指す。
鉄塔を過ぎてからはだんだんと斜度も緩くなってきてしばらくは広い尾根状となり快適だが、そのうち尾根が狭くなってきて、それに伴いヤブもうるさくなってくる。ロープを解こうと思うが、いまいち先がわからないのでロープを解けない。
結局、技術的に特筆すべきところはなくひたすらヤブ。時間はどんどこ過ぎて気がつくと５時、これまでに休憩１回のみというハードヤブこぎ。しかし良いテンバがないためだんだんと上に追い上げられてしまう。
途中1400mで一箇所雪渓が尾根上まで迫っていて張れそうな所があったがいまいち信用できないのでさらに上へ向かう。ところがさらに１時間ほどすすみ６時過ぎになっても良いテンバが得られない。
次第に薄暗くなってきた。座りビバーグもちらほらと想うようになってきたとき、先ほどの雪渓の上部を横切る箇所があったので、これ幸いにロープを２本連結100mで懸垂をかまし先ほどのテンバへと降り立つ。
雪が無ければかなり尾根が細い部分になると思う。テントへ入るとすぐに暗くなる、ほんとに今日はよく動いた一日だった。

4/29（4日目）晴れ

入山前の天気予報では今日の夕方から天気が下り坂となっていたのでなんとしても今日中にガンドウ尾根を抜けてしまいたい。
朝一番は昨日のルンゼの昇り返しから。ここらへんから尾根がほんとに細くなってきてロープを付けたほうがいいかも、ということでヤブが濃くなってきた。あの上濱さんをして「超ヤブ」と言わしめることはあるとだけ書いておく。
ナイフエッジ岩を馬乗りで突破したり、発狂しそうになるシャクナゲ地帯への単身突入、トップのラインに疑問を感じつつも、ヤブなため忠実に辿らなくてはいけない悲しさ。まぁ技術的にはまったく問題ありません。もう精神力の鍛錬そのもの。
２時過ぎだろうか下に人の気配を感じる。五竜の二人組だ。そのあたりからヤブから突如として雪面となる。下からみた限りではどのようにルート取りしたものかと迷うが近づくと自ずとルートは決まる。
雪面に入りたては斜度がきついがそのうちゆるやかになる。ちょっとしたコルを越えると、十字峡からの支稜との合流はすぐ。合流点でドカッとザックを置く。「この瞬間を待っていた」。
しかし核心部といわれたガンドウ尾根を抜け、ここからは稜線漫歩と聞いていたが、悪そうな稜線が続いている。聞いてない。仕方なく相変わらずロープをひきづったまま尾根を歩きだす。
ここからは五竜からの２人組、登稜会グループに先行してもらう(彼らはロープなし)。1980ｍピークへは、リッジの北斜面から回り込む。そこからはわりと薄いナイフエッジでリッジ下をトラバースするのだが、こういうのが斜度もきつく怖い。
2000mで雲切谷からの尾根が合流するあたりが見え出し、既に薄暗くなってきたので、あそこにテンバをと考えだしたあたりで遥か先行していたと思っていた登稜Pが止まっていた。
聞くとリッジの終わりに岩が露出していてその周りが溶けて空間になっている。一旦北側にかなり下らないと行けないが、そうすると側壁のようになり斜度がきつくて行けないとのこと。
交代し、清水がトップ。たしかに空間になってます。しかしながら南側を覗き込むと結構しっかり繋がっている。降り口にスノーバーをかましてクライムダウンを３ｍほど。例の岩の下に出た。抜けちゃうとどうってことない。
そこからさらに１ピッチで、やけに巨大な安定直径１０ｍほどの正円きのこ雪の上に立つ。いいかげん暗くなってきたのでそこで幕とする。
ここで初めて登稜Pとお隣同士のテント。でも翌日の天気が崩れそうなんで、きのこ雪の上での幕営はちょっと心配。

4/30（５日目）雨

夜半から案の定雨。朝になるが、お互い気付かぬふりをして寝つづける。いいかげん飽きた頃に起きる、とはいっても８時ごろ。動き出すのもなんなので停滞。
夕方にようやくやむがこの一日は長かった。FM長野がお友達。朝食抜きで２人とも、お互い自分のグリーン豆を一袋食って過ごした一日でした。風間さんのは無着色。

５/１（６日目）快晴

きのこ雪は崩壊しなかった。
今朝もロープをつけて出発。2000m付近の合流部分は意外と急な雪壁なので慎重に進む。2173ｍピークに到着。先についてビレイしてくれている風間さんががニコニコしている。
到着してみると、ここからたおやかな尾根が広がっていた。オォ、こっからがいよいよアマタ資料にあった稜線漫歩部分か。ようやくロープを解くが、S字峡から垂直距離で1300mロープを結んでいたことになる。こんなの初めて。
さて、ここからはすたすたである。仙人池ヒュッテのちょこんと出た屋根を見て、さらに裏剱、八ツ峰を横にみながらの稜線漫歩。空も青い。自然と写真撮影も多くなる。
池平山へは尾根を忠実に、最後の登り標高差500ｍは２パーティー混成状態でトップをする。最後は山梨の誇るラッセルマシーン風間さんが活躍。しかし清水だけは参加せず。このへんがズルイ。
さて池平山から小窓へは懸垂となる。都合７回。残置スリングは要所要所にはあるものの多数持参したい。この下りでは登稜Pと完全に合同Pとなってしまい、4人で団子状になって下る。基本的にはダブルロープ。
天気はよく、手袋を濡らさないためもあるが、素手ですべての操作ができる状態。しかし対面に聳え立つ小窓尾根を見ると気が重くなる。これから同じ高さ、それ以上登り返すのになんで懸垂下降をしているのだろう。
今年はへんな所で雪が多いのか、コルに降り立つ部分までもがナイフエッジ上になっている。そのため、最後の切り方をちょっと失敗。

　小窓。これから登り返す小窓尾根への雪面をみて恐怖。のっぺりとした場所だ。久しぶりのザックを下ろしての休憩も落ちつかない。
下部は、ヤブの縁を雪のコンタクトラインで確実な確保をしながら。やけに富山県警のヘリコプターが上空を飛んでいるのは我々を心配してくれてるのだろうか、ありがたい。
上部は弱点を狙いつつ５ピッチほど。最後は左側にトラバースすることにより小窓尾根のコルに飛び出した。更に三ノ窓まで、といいたいところだがこのコルがまた平らになっている。
しかも充分にテント二張りが可能だ。またしても誘惑に負けここで幕とした。小窓尾根に上がったので、早月尾根、そしてその奥に富山平野が見える。富山平野の水田に夕日が移り、この山行の成功を祝ってくれているようだった。
ちなみに黒部突入以来、初めて携帯電話が繋がる。風間JさんのJフォン、キーワードは「つながってる」だ。明日は下山だ、ということで双方のテントとも残りの美味しい食料を重点的に食べる食べる。

５/２（7日目）快晴

　今日も快晴、三ノ窓へ向け出発。三ノ窓までは一部急な雪壁もあるが基本的には小窓尾根上を忠実に行けば問題ない。しかし小窓尾根には期待していたトレースが無かったので一応ロープを結ぶ。
小窓ノ王からは懸垂ダブルロープで１回でこれまた問題なし。そこからは普段は歩けると思ったのだが、上から落ちてきた雪がトラバース斜面を作っていたので、５０ｍフィックスして四人通過。

　三ノ窓。トレースはまったくなく、僅かに冬のテンバ周りブロックが芸術的な残骸を見せているだけだった。他の人がまったく居ない三ノ窓は始めて、それだけでも価値があるのでは思う。
ふと三ノ窓尾根を見るがミニ八ツ峰の様相で思ったより悪そう。去年の５月連休に天候が良ければ、ここに来る予定だったのだが相当苦労したのではないかと思う。だれだ特に問題あるところは無い、なんて言ったのは。

　充分に休養を取ったあと、池ノ谷ガリーに取り付く。トレースはなく、また雪面は固く前をあるく人のアイゼン跡を追う。
この池ノ谷ガリーではいままで慎重を期して付けていたロープを解いた。そのため４人が充分に離れている。気分的にはソロで登っているような池ノ谷ガリーは恐ろしいほど長く、また静かであった。

　池ノ谷乗越にてまた集合する。ここで久しぶりに八ツ峰を登る人間をみる。そうか、世界には我々４人以外にも人間がいたのか、というくらいに久しぶり。
人が居るってことは、と剱方面を見るも、あれ、トレースなし。トレースがあれば、怖いながらもホイホイとトラバースして歩いていけるものをまたロープを出すはめになる。悪くはないがグズグズのかき氷状態を進む。
支点は効いてるのか、効いていないのか、時間ばかり経過してあまり進まない。頂上直下の雪壁の下でこれまた雪壁を見ながら休憩。ここで清水は一つ大仕事。
雪壁はトレースが無いと悪く、苦労する。しかし支点は探せば三ヶ所ほど取れるので根気よく探したい。雪壁を越えると、そこからはようやく平坦になり頂上までは一投足だ。
しかし、どうも早月にトレースが無いように見える、どこまでもトレースが無い気だ、今回の剱。早月に下るか室堂に逃げるか、どちらか検討する為、はたまた今日も時間切れの為、頂上直下で幕。あれ、今日は下山じゃなかったっけ。

５/３（８日目）快晴

　お互い朝には、どちらに下るか結論を出そうということになっていたが、結局両パーティとも室堂へ下山することに決定。お互い疲れてます。
我がパーティが撤収が早かった分だけ先に出発。今日は朝からハーネスを付けてない。テンバからは僅か10分で山頂。たぶん今日一番最初の登頂だ。
遥か遠くに五竜が見えるが、あまり感動もなく写真を撮りあってそそくさと下山。雪が腐る前に出来るだけ下っておきたい。
剱の別山尾根下山はいつものことながら緊張させられる。アイゼンを付けているからなおさら梯子などは怖い。しかしまだ登ってくる人はなくゆっくりと降りられるのが救いだ。

　前剱の手前辺りから、剱沢からの人たちが登ってくる。どちらから？五竜から、というとポカンとした顔をする人たちがいるのが面白い。
前剱をダーっと下って、一服剱で大休止。着ているものを脱ぎまくる（最低限は着ています）。前剱の下りに登稜会Pが来たのを確認してさらに下山。ここからは何の危険箇所もなく、ただひたすら重たい足を引きずって歩くのみ。
宿泊者はもう出かけていて、今朝室堂についた人たちも来ていない静かな剱沢は雷鳥達がゲーゲーと縄張り争いをしていた。

　やっとの思いで、室堂乗越に着いた。雷鳥平からおびただしい人たちが列を成して登ってくる。その中を下る。
尻セードをブチかまし、恨めし気な視線を感じていると、見覚えのある2人組が。明日、八ツ峰を登る予定の古屋・大沼組だ。知り合いにあった嬉しさから30分以上の立ち話。久しぶりに質の違う笑いを堪能。楽しかった。
あとは登り返しをふらふらと登りながら、12時ちょいすぎに室堂バスターミナルに到着。いつもはビールを飲まない風間さんも今回は、ということで二人でビールで乾杯。遅れてやってきた登稜Pを迎えてまた、乾杯。

　帰りは、アルペンルートを通って扇沢へ。いまいち横断しきれていないんだけど、予定よりかなり遅れているので仕方ない。
室堂のバスターミナルで、あまりの人の多さに思わず声を出して笑ってしまった、周りの人が僕をみていた。ロープウェイ駅、黒部ダムと至る所で買い食いをしながら、扇沢へ。そこからバスで信濃大町。
駅前の焼肉屋さんで臭いプラブーツの匂いを脱臭(?)。なんと松本からは特急を利用したりして、10時過ぎには甲府へ到着することができ解散。なんともかんとも、お疲れ様でした。

  積雪期八日間は私にとって、風間さんに至っては無雪期も含めて、始めての長期の山行だったわけですが、朝がくれば歩き出し、暗くなれば寝る。
もう後半はこの繰り返しの中で山にいるという非日常ではなく、これが日常なのではないかという錯覚に陥るほどでした。
常に下界での生活を気に掛けながらの通常の土日の山行とは違い、旅として、日常として山行を捉えなおし、また違う面で山にハマッてしまったような気がして非常に今、困惑しています。
最後になりますが、四六時中、長期間に渡り顔を突きあわせていたのに楽しい時を作りだしてくれた風間さんに感謝します。

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